「悩まないための論理思考2.0」はじめに

このシリーズについて↓

ーーーーーーーーーー

 

悩まないための論理思考2.0

旧題:ロジカルシンキング2.0 

 

はじめに

 

「納得してほしいのに、なかなか納得してもらえない」という悩みを持つ人は多く、その悩みを解決するための方法が、インターネット記事やビジネス書などにたくさん書かれています。そのほとんどが「自分の意見の説得力を増すために、論理的な根拠を付け、人に伝わるような資料の作り方を実践し、なるべく共感されるように話していく」というやり方についてです。その中でも「論理」を重視したものは「ロジカルシンキング」と呼ばれています。


このような「ロジカルシンキング」には大事な視点が抜けています。それは「なぜ私はそのような意見を持つようになったのか?」「自分の意見はどのようにして生まれたのか?」という点です。


ロジカルシンキング」という論理的な考察だけでは「自分の意見」を生みだすことはできません。「ロジカルシンキング」は、「自分の意見」が生まれた後に論理的根拠を考えるという、後付けの理由を探すやり方です。後付けの理由を見つけることでも、多くの人を説得し、ものごとを前に進めることはできます。しかし、弊害もあります。

 

昔思っていたことと、今思っていることが違う、ということは、よくあることです。「過去の自分の意見」と「現在の自分の意見」に矛盾が生じたとき、人は論理的な根拠を探そうとします。「こういう理由があるから矛盾ではない」と言い訳を言ってしまったり、あるいは「なんで自分は矛盾したことを思ってしまうのだろう」と、自分に対して失望してしまうこともあります。しかし、「意見」というものが論理的なプロセスだけで生みだされるものではない以上、矛盾は避けられません。「過去の自分の意見」と「現在の自分の意見」が異なることは、自然に起こりえることなのです。


人の意見はどのように生まれるのでしょうか。「私はこのような性格だから、このような意見を持つのだろう」と考えることもできます。しかし、これでは「性格」という厳密に定義しきれないもの、おおざっぱなものを元に、「ある事柄に対する意見」というとても細かいことを推測するという、長い遠回りをする必要があり、不正確になってしまいがちです。


そこで、この連載記事では、「論理学」という、おおざっぱさを回避しやすい手法を使い、この問題を解決していきます。使うのは「様相論理」という論理学の一分野です。この「様相論理」では、下記の概念を扱うことができます。


・規範:〜すべき、〜してよい
・信念:〜を信じる
・知識:〜を知っている
・可能性:〜ができうる


これを使うことで「私はなぜそれが許せないのか?」「私はなぜそれを信じているのか?」「私は何を知っているのか?」「私には何ができうるのか?」ということについて、論理的に分析できるようにし、それらを使って「なぜ私はこのような意見を持ったのか?」ということについて考えられるようになっていただきたいと思います。


さらには、「あの人はなぜそれが許せないのか?」「あの人はなぜそれを信じているのか?」「あの人は何を知っているのか?」「あの人には何ができうるのか?」という他者理解にも使えるようになっていただきたいです。


第1章では「規範:〜すべき、〜してよい」を解説します。これを最初に解説するのは、「〜すべき」「〜すべきでない(許せない)」というトラブルで悩んでいる方がとても多いからです。すべきことかどうか、すべきでないことかどうか、という点について他人とのすり合わせをする際に、論理的に整理できるようになっていただくのが目的です。


その次に第2章で「信念:〜を信じる」を解説していきます。人は誰しも、たくさんのことを信じて生きています。家族・友達・先生・上司など、多くの人を信じて生きていますし、占い・幽霊・UFO・神さまなどを信じる人もいます。さらに、あまり意識せずに信じているものもあります。「常識」「科学」「民主主義」などが正しい、ということは、多くの人にとって当たり前すぎて信じているという意識がないですが、これらも「信じられているもの」の一種です。さらには「今までうまくいっていたことはこれからもうまくいく」ということも「信じられているもの」です。このように多岐にわたる「信じる」ということについて分析していきます。


その次の第3章では「知識:〜を知っている」を解説します。その人がもっている知識は、その人の意見を構築する上でのベースとなるものです。知識を人に伝えることは、その意見に同意してもらえるかどうかが大きく変わるポイントになります。そのため、知識とはどういうものかというのを把握しておくことが大事です。また、「知っている」と「信じている」については密接な関係があります。そちらについても解説していきます。


最後に第4章で「可能性:〜ができうる」を解説します。「これをやるべきだ」という意見を持つということは、それが可能である、できうると判断していることが必須条件です。「明日、すべての地球人は火星に移住するべきだ」という意見を持つ人がいないのは、それが不可能であると思われているからです。なので、最後にこの「可能性:〜ができうる」について解説していきます。


ただし、この「可能性」については、日常生活での意味合いと様相論理学での意味合いが大きく異なるので、注意が必要です。まさに先ほど例に挙げた「明日、すべての地球人は火星に移住できうる」という事柄は、日常生活の意味合いでは「不可能」ですが、様相論理学的には「可能」となります。この辺りも第4章で詳しく説明いたします。


様相論理の学問的な研究で対象になっているのは、ほとんどがこの可能性に関するものです。ですが、この「可能性についての様相論理」は学問的には重要なものの、普通の生活ですぐに使えるような知識ではありません。つまり、「可能性についての様相論理」は日常生活への応用がしにくいのですが、様相論理学の醍醐味を少しでも味わっていただく意味でも、解説していきます。読み飛ばしていただいても構いません。第4章では、従来の「ロジカルシンキング」での誤解が多い「演繹と帰納」についても解説しますので、ご興味あればそこだけでも読んでいただければと思います。