「役に立つ様相論理」はじめに(書き直し版) - 真とも偽とも言えない日常の問題のために

 ※ 以前書いたものが分かりにくいので、今回新たに別記事として書き直しました。

  

↓ 書籍化計画全体についてはこちら参照。
nologicnolife.hatenablog.com

↓ この記事の書き直し前のものはこちら。

「役に立つ様相論理」はじめに(ボツ版) - 冷静に物事を進めるために - No logic, no life.

 


書店には「論理」「ロジック」「ロジカル」といった言葉がタイトルに含まれる本がたくさん並んでいます。しかし、「様相論理」という言葉を含むものはほとんどありません。様相論理は、簡単にいうと「正しい」と「間違っている」の2択だけでは整理できない問題を整理するための論理です。学問の世界では「様相論理」というのは目新しい言葉ではないのですが、大半の方にはなじみがない言葉かと思います。


「論理」という言葉に初めて触れるのは、多くの方にとって、高校での数学の証明問題でしょう。高校数学では「命題は必ず真か偽のどちらかに分かれる」というように習います。真は正しいこと、偽は間違っていることを意味するので、数学の命題は「『正しい』もしくは『間違っている』の2択だけで整理できる問題」ということになります。しかし、世の中の問題はこの2択だけで整理できるものばかりではありません。


「東京には雨が降っている」という命題は、真でしょうか?偽でしょうか?これはその時の状況によって真になったり偽になったりする命題です。雨が降っているときには真になり、晴れているときには偽になります。どの時間のことを指すかによって真か偽かが変わってきますので、単純な2択とは言えません。


また、「夫婦の本名は同じ苗字であるべき」という命題は真でしょうか?偽でしょうか?日本には夫婦は同じ苗字でなければいけないという法律があるため、法律を守らなければいけない、という観点だと正しく、命題は真です。しかし、世界規模で考えると、夫婦は別姓でもよいとしている国の方が多く、法律を変えて日本も別の苗字のまま結婚できるようにした方が良いという意見もあります。そういう観点ではこの命題は偽になります。


「東京には雨が降っている」というような時間によって真偽が変わってしまう問題や、「夫婦の本名は同じ苗字であるべき」といった観点によって真偽が変わってしまう問題について、うまく整理するために使えるのが、論理学の一分野である「様相論理」という考え方です。


論理学の中で「様相」という言葉が使われるようになったのは、紀元前4世紀の哲学者アリストテレスの著書が起源です。そこから現代にいたるまで、様々な形で論理学の一分野として「様相論理」は研究され続けています。それほど長い期間研究されている分野なのに、なぜ書店には今まで様相論理に関わる本はなかったのでしょうか?


様相論理には様々な種類があります。時間に関するもの、観点(どういうことをすべきと考えるか)に関するもの、という前述したもの以外にも、「信じる・知る」といった認識に関するもの、必然性や可能性に関するものなどがあります。このうち、学問的な研究のなかで対象になっているものは、ほとんど多くが一番最後の「必然性や可能性に関するもの」です。学問の世界での「様相論理」の研究では、時間や観点や認識の様相論理はあまり触れられず、必然性や可能性の様相論理だけが注目される、という傾向があります。


「必然性や可能性の様相論理」は学問的には重要なのですが、普通の生活ですぐに使えるような知識ではありません、むしろ、学問の世界ではないがしろにされている「時間や観点や認識の様相論理」の方が、普通の生活を送る上で重要な考え方につながる、役に立つ様相論理と言えます。

 


学問には、社会に役立てることを目的にするものもあれば、社会に役立てることを直接的には目指していないものもあります。前者には、例えば工業での有効な知識を得るための工学、人の命を救う知識を得るための医学などがあります。一方、後者の「直接的には社会の役には立たないものとしての学問」には、「宇宙の果てはどうなっているのか?」という人類の永年の疑問に答えようとする宇宙科学のような分野などがあります。


論理学は、どちらかといえば後者の学問です。社会に役立てることが目的ではなく、この世界がどのようなものなのかを解明するための学問です。そのため、社会には直接役に立たないものの、哲学的にとても重要な問題である「なぜ宇宙というものがあるのか?」「なぜ私は私なのか?」といったものの分析に必要な部分の研究を進めることが多いです。これらの哲学的な問題の分析に必要になってくるのが、必然性や可能性についての様相論理です。そのため、学問の世界では普通の生活で使える「時間や観点や認識の様相論理」よりも、「必然性や可能性の様相論理」の方が優先されてしまう傾向にあります。


この本では、学問の世界で重要視されている難解な「必然性や可能性の様相論理」は最後に少し触れる程度とし、普通の生活で役に立つ「時間や立場や認識の様相論理」をできるだけ分かりやすくご説明していきたいと思います。普通の生活の中で役に立つツールとして、人との議論や思考の整理のために、「様相論理」が皆さまのお役に立てれば幸いです。